マラングゲートからキリマンジャロに入山して4日目、いよいよアフリカの頂上に向けて長い一日が始まります。
この日は真夜中にキボハットを出発し、夜明けと共にまずはギルマンズポイントへ。そしてステラポイントを経て、アフリカ大陸最高峰のウフルピーク(5,895m)へ。
無事に登頂を果たしたら一度キボハットに戻り、ホロンボハットまで下るタフな一日となります。
ここまでは天候こそ良くないものの、体調は問題なく日程も順調に進んでいます。それでも、この日に賭けて元気をチャージしてきたので、油断せずにポレポレ(ゆっくりゆっくり)を守りながら登攀に向かいます。
真夜中のアタック
1月22日午前0時ちょうど、キボハットから出発です。
恐ろしいくらい寒く、じっとしていると体の芯から冷えて震えてしまうほどなので、ポケットに入れてあった温かいカイロを握りしめ、準備ができたら「I’m ready!」とガイドさんに声をかけ、出発します。
幸いなことに、雨や雪は降っておらず、見上げれば星も見られます。有り得ないほど寒いですが・・・
もちろんヘッドライト以外の明かりがないので、暗すぎて何処に向かえばいいのかすら分かりづらいです。
キボハットに居たトレッカーのほぼ全員が午前0時スタートの計画をしていたため、多くのパーティーが続々とスタートしていきます。ただ、中にはあまり寝られずに体調が良くなさそうにしているため、ガイドさんと相談している方もいました。
スタートしてからは、昨日までの道とは様相が全く異なります。しっかりとした登山道で、標高も高いので深い呼吸を意識しても息が上がります。
暗すぎて写真を撮影しても何も映らないうえに、この極寒の中でミラーレス一眼を取り出して設定と撮影をするのも難しかったので、登りでは写真をあまり撮っていません。
登り始めて1時間半くらい、標高5,000メートルに近づいてくると雪が目立つようになってきます。
キボハットからの登りでしんどかったのは、かかった時間の割には、想像以上に標高を稼げていないことです。
真っ暗な中で同じような登りを永遠と繰り返しているので、時間の経過が非常に遅く感じてしまいます。
「これだけ登ったんだから、3時間くらい経っているかな?」と思って時計を見たら、まさかの1時半で先の長さを痛感したり、標高も5,000メートルを超えていたかと思って時計で確認しようとすると、まだ4,900メートルくらいで全然思ったように進んでいなかったりと、時計を見ることで登るのに集中できなくなってしまいます。
幸い傾斜はきつくないので只ひたすら無心で登り続け、足を前に進めることだけに集中します。
キボハットを出発して2時間半、ここでは大きな岩の下で多くのトレッカーが休憩をとっています。
1人や2人でピークに向かう時は、他の方の邪魔にならなければ道の真ん中で休憩することもできます。
集団の場合は、こういった大きな岩が小休止のポイントとなりますが、次々とトレッカーが休息にくるので、すぐに場所が一杯になります。
ギルマンズポイントまでの道は、同じような登りが続きますが、変化している点といえば登るにつれて雪の量が増えていくことです。
本来であれば頂上付近まで雪はない季節ですが、今年はだいぶおかしい気象で雪が多いです。そして、登りでも無視できないレベルの雪が足枷となり、ペースは出発時の3分の2くらいになってしまいます。
上を見上げると、キリマンジャロの真っ黒な稜線がずっと前から見えていますが、登っても登っても全然近づいてこないので不気味さすら感じます。
逸る気持ちを抑え、ペースが上がってしまうたびにポレポレ(ゆっくりゆっくり)を思い出し、高山病にならないように登っていきます。
そして、急に巨大な岩が無造作に積み重なっている場所に出たかと思ったところで、最初の頂上が見えてきました。
ギルマンズポイント到着
午前4時44分、マラングルートを進んだ方の第一のピークとなるギルマンズポイント(5,685m)登頂です。
まだまだ辺りは真っ暗で、周りを見渡しても視界に映るものは、この看板しかありません。
けっこうゆっくり登ってきたので、体力的には問題がなく、このままキリマンジャロ最高峰のウフルピーク目指して進むことにします。
ところが、ギルマンズポイントから次のステラポイントまでの道は滑落の心配があり、一応軽アイゼンをすぐに取り出せる状態にしながら慎重に進んでいきます。
これだけ気温が低いうえに、南東方向から岩場が高く迫りあがっているので、日が当たらずに道が凍っている可能性があります。
十分に警戒しながら先に進むと、予感は的中。バリバリに凍っているわけではないものの、一部極めて滑りやすい箇所があります。登りでは、ギリギリ軽アイゼンを使わない選択にしましたが、後から考えれば間違いなくギルマンズポイントで装着していた方が楽だと思いました。
地図上で見ると、キボハットからギルマンズポイントまでの登りよりも、ギルマンズポイントからウフルピークまでの道の方が緩やかに見えます。
ところが、道幅の狭さや雪の状況、そして5,600メートルを超える高さの影響でペースはかなりスローになりました。正直ギルマンズポイントからの方が大変です。
午前5時20分、ステラポイント(5,756m)に登頂です。ここは、他のルートとの合流ポイントとなっているので、一気にトレッカーが賑やかになります。安心感がありますね。
ご覧の通り、辺りはまだまだ真っ暗ですが、それは辺りが霧に包まれているからな気がします。そろそろ日の出の気配がしてきました。
5時56分、もし晴れていれば東の空は明るくなりつつある時間ですが、西の方向に進んでいるうえに霧が晴れないので、今は依然暗いままです。
正直、この区間はギルマンズポイントからステラポイントまでの間と同じくらい負担がかかる所で、全然急登でも何でもない区間なのに、体力をもっていかれます。
ですが、この道幅が狭い区間で、ステラポイントから合流したトレッカーも多い中なので途中で止まるわけにはいきません。
前を向くと、暗いですが目線の上の方に稜線が見えます。
その場所よりも高い所にウフルピークがあると思うと、まだ目指すゴールは先であることを目の当たりにしたとき、一瞬気が滅入りそうになりますが、マラングゲートからスタートして4日、ここまでの道のりを考えれば、頂上なんて目と鼻の先です。
標高5,800メートルは確かに高いですが、直ちに体に異常が出るような異質な環境ではないです。史上最低のペースだと自覚していても、ゆっくり一歩ずつ進んでいきます。
6時を過ぎると、辺りが少しずつ白くなってきました。
それと同時に、トレースはあるものの、真っ白すぎてガイドさんがいなければ道に迷ってしまう程の広いエリアに出ました。
遠くの方から、「Yeeeeees!!」と、歓喜の声が聞こえてきます。ウフルピークがもう近くにあると実感させてくれるような威勢の良い声で、思わず私のテンションまで高揚してきました。
そして、白い靄の先に、極めて目立つ木の看板と、数人のトレッカーが立ち止まっている場所が見えてきました。
キリマンジャロ(ウフルピーク)登頂
1月22日、午前6時20分、キリマンジャロのトップであるウフルピーク(5,895メートル)に登頂しました。
アフリカ大陸の最高峰であり、七大陸最高峰のうちの一座です。
真っ白で風が強い上に眺望は一切ないという、普通の山なら頭を抱えてしまうほどの環境なのに、この看板を見ていると達成感が湧き出てきます。
数分もすると、続々とトレッカーの皆様が登頂を果たしにこの地を踏みました。
皆思い思いの声を上げ、感情を爆発させている人もいます。
本来なら、あっちの方向に氷河が見えるのですが、このような景色なので何も見えません。
動かないでいると、寒さを感じる程には風が吹いています。
ただ、正直今は風が吹いている方が有難さを感じます。というのも、一面真っ白だった風景ですが、西の方の空が少しずつ青くなっているのを見て、このまま時間が経てばいずれ晴れると確信したからです。
頂上にいたのはものの12~13分で、ガイドさんが「そろそろ降りようか!」と提案したので、名残惜しくも下山します。
やはり今日の環境では登頂が難しいのか、先ほど頂上で見た登頂者以外に、この時間に登ってくる方はいませんでした。
後は安全に下山すること、むしろ下山の方が事故が起こりやすいため気を引き締め直したところで、西から雲が徐々に晴れてきました。
うっすらですが、氷河が見えます。
このまま何も見えないのは、やっぱり寂しく思っていたため、頂上付近で晴れてくれたのは僥倖としか言いようがありません。
下山にて天候良化
6時52分になると、更に雲が晴れてきたため、ずっと見えていなかった下界が見えてきました。
こうしてみると、想像以上に雪が深く改めてこの時期にこの積雪は普通ではないと実感できます。
登頂できた今だから言えるかもしれませんが、この時期にこんな環境でキリマンジャロに登れたのは、むしろ貴重なのでは?と、自信に繋がりました。あとは冷静かつ安全に下山するのみです。
前に富士山に登った時、景色に見とれて転倒してしまった過去がありますが、このタンザニアの地でそんな怪我を負う訳にはいきません。
ウフルピークとステラポイントの間で、頂上の方を振り返ってみます。
若干地面が露出している箇所があるものの、それ以外の雪の部分は容易にスケートができてしまう程滑ります。
アイゼンを装着していないと危険なため、アイゼンを持っていないトレッカーは、あまりこの先に進んでいませんでした。
7時8分、ステラポイントに戻ってきました。
多くのトレッカーがここで休憩をとっています。マラングルート以外で登頂を果たそうとすると、このステラポイントが最初の頂上となるため、ここで引き返す方も多いです。特に、このような環境ではアイゼンがないと危険な目に遭うことも想像できてしまうので、慎重を期する必要があります。
それでも、せっかくここまで来たのなら、ぜひウフルピークの地を踏んでアフリカの頂上に立って欲しいな、と願わざるを得ません。
あの充実感と達成感は、あの場所でしか味わえない気がします。
なお、ステラポイントからギルマンズポイントまでの間は滑落に注意するべき区間ですが、よりによってこのタイミングで厚い雲がかかってしまい、一時的に視界不良となりました。
7時40分、ギルマンズポイントに戻ってきました。
その途端、覆っていた分厚い雲が流れ、向こうに見えるマウェンジ峰と、キボハットのある4,700メートルの台地、その奥の光芒が一望できました。
ここからは、まずキボハットまで降ります。ただ、この雪は下山で猛威を振るう程凶悪なものとなっており、本当に滑ります。
もしアイゼンを持ってきていなかったら・・・とゾッとしてしまう程です。
数名のトレッカーがギルマンズポイントに向かって進んでいましたが、ガイドさんが
「アイゼンを持っていないのなら、ギルマンズポイントより先には行かない方がいい。」
と、警鐘を鳴らしています。それについては正直私も同意見で、もしアイゼンが無かったら大幅に体力を減らしながらの下山となり、最悪の場合滑落してしまうことも考えられる・・・そんな環境でした。
それにしても、ここから見る景色は筆舌に尽くしがたい美しさがあり、ずっとこの場所で見ていられる程の魅力があります。
後ろ髪を引かれる思いですが、この日の目的地はキボハットではなく、その下のホロンボハットです。そのため、あまり長居はできません。
アイゼンの紐を締め直し、ゆっくりと下山していきます。
標高5,000メートルをちょっと下回ったところで、一度上を振り返ってみます。
未明の段階では、黒い稜線が遠くにぼんやりと見えるだけだったのですが、こうして見ると一番上の稜線は本当に遠い場所にあったんだ、ということを実感します。
ただ、下山は早いもので、ギルマンズポイントから1時間ちょっとでキボハットに到着しました。
雪が減ってくると、富士山の砂走りのような感覚でズンズンと降りられるので、楽しいうえに想像よりもスムーズに下山できます。
9時前にキボハットに到着すると、軽く食事をとり、荷物を整理したうえでホロンボハットまで向かいます。
9時40分にキボハットを出発すると、見事に晴れていました。
向こうに雄々しく聳えるマウェンジ峰、その奥に見える自分と同じ高さに見える雲、キボハットに向かって歩くトレッカーの姿、見えるもの全ての情報が頭の中に入り込んできて、素晴らしい一枚絵を見ているような感覚になります。
登りの時には見れなかった景色が開放的に広がっているのを見ると、足の疲れなど忘れて凝望してしまいます。
キリマンジャロの方向を振り返ってみると、先ほど登頂を果たした主峰が青空のもとに堂々と聳えています。
山自体が巨大なので、どこをどうやって登ってきたのか、この位置からでは全然分からないくらいの威圧感があります。
登りの時はほとんど眺望がなかったので、ほとんど気合いで登っていましたが、下山の時にこれだけ素晴らしい光景を見られたので、心が満たされました。もう大満足です。
キボハットからホロンボハットまでの懸念は、この乾燥した環境にあります。
高度が4,000メートルを超えているため直射日光がきつく、かなり乾燥した状態で長く歩くことになるので、水分がすぐに奪われてしまいます。
20分くらい歩いたら水分補給、そしてまた20分歩いて水分補給の繰り返しとなり、暑さはあまり感じないにも関わらず直ぐに喉が渇いてきます。
そんな中、マンダラハットやホロンボハットで知り合ったドイツ人のトレッカー、大人数の韓国人パーティ、強そうなカナダ人トレッカーが次々と現れ、
「Hey Friend. Congratulations!!!」
と、声をかけて祝福してくれました。
彼らはホロンボハットで高度順応のためもう1泊し、この日キボハットに向かってアタックする予定だそうです。
雪の状況や天候など色々と情報交換しましたが、特にドイツ人のトレッカーは、
「今年の夏は富士山に行きたいんだ。また会えたらいいね!」
と、最後に話してくれました。
彼らは宿泊地で色々な話をしてくれた友人で1人で登りに来た私にとって思い入れが深い皆さんなので、本当に無事に登頂を果たしてほしい思いを込め、それぞれ固い握手を交わして見送りました。
さあ、私は元気にホロンボハットへ向かいます。
足の疲労よりも乾燥により喉が渇きまくる方が気になり、水が物凄い勢いで減っていきます。
キボハットからホロンボハットまでの間、水はちょっとずつ飲んだつもりですが、1リットル弱も消費しました。
もし、登りの時にこれだけ晴れていて乾燥していたら、もしかしたら水筒が空になってしまうのではないかと思う程、もっと水の消費が激しかったはずです。
そう考えると、あの吹雪の中の登りも、そんなに悪い環境じゃなかったのかな・・・と思ってしまいました。
12時28分、ホロンボハットに到着です。
ここに到着する直前までは晴れていましたが、ホロンボハットが見えたところから雲が出てきて、雷も鳴っています。
どうやら午前中に日差しが強いと、午後から悪天候になる傾向が強いらしいです。
最近は1日中天気が良い状態は稀で、天気は目まぐるしく変わっていくのが普通だそうです。
それにしても、さすがに12時間半の行動は体に堪え、すぐにでも寝れそうなほど疲れました。
ホロンボハットに到着後、ボーっとしていると眠気がどんどん増してきたので、昼食後はロッジに入って仮眠をとりました。
仮眠をとったのち、起きたのは18時。
すでに日が傾いています。2日前に見た景色よりも神秘的な風景が眼下に広がっていました。
この美景を見て、この長い1日は終了です。
キリマンジャロ登頂を果たした達成感は暫く消えそうにありません。
登っているときは高山病の症状は全然出ませんでしたが、ホロンボハットに到着したときは若干の寝不足と疲労で若干頭痛がありました。それでも、頭痛は仮眠でおさまったうえに、これだけ充実した1日だったので多少の頭痛は全然問題になりません。
この日の晩、ホロンボハットで相部屋になった方はオーストリアの方で、キボハットからキリマンジャロ山頂に向けて進んでいたものの、途中で寒さと高山病による体調不良により断念する他無かったとのことです。
この話を聞くと、やはり自分が登頂を果たせたのは幸運だったと思わざるを得ません。
翌日は、キリマンジャロ登山の最終日、マラングゲートまでの下山です。
ですが、油断大敵。適度に疲労が蓄積している今だからこそ、最後まで集中を切らさずに下り切ることが大事です。
キリマンジャロ登山もいよいよ大詰めです。
次回は、キリマンジャロ編の最後。マラングゲートまでの下山の様子を記録していきたいと思います。