残雪期の奥穂高岳への挑戦ですが、1日目は涸沢までの道のりで既にヘトヘトでした。
奥穂高岳は日本第3位の高峰にして北アルプスの頂上、この日が今回の正念場です。
雪質が悪いことが分かり切っていたので、行けるところまで行けたらいいな・・・
という心持ちでしたが、いざ進んでみるとテンションの昂りが抑えられません。
最初から最後まで苦労の連続でしたが、その先に見えた景色は想像を超える最高の風景でした。
朝の涸沢

5月27日、午前5時15分の涸沢です。
天気予報ではあんまり良くない予報だったのですが、ご覧のように穏やかです。
この日の行程は奥穂高岳まで行って往復する予定ですが、残雪期はかなり時間を要した山行となるので、朝からのんびりしていられません。
急いでエネルギーを補給して準備にかかります。

ルートを確認します。
正面の涸沢小屋から右上に伸びているルートが北穂高岳への道です。
そして、今回我々が挑む奥穂高岳へのルートは、涸沢小屋の左側から向かうのですが、その道は垂直の雪壁にしか見えません。

テントを離れ、まずは涸沢小屋まで向かいます。
その途中で振り返ってみると、もう自分たちのテントと相方が小さく見えます。
涸沢カールの広大さが見て取れますね。

6時17分、まずは涸沢小屋に来ましたが、小屋の北側に来てしまいました。
こっち側は北穂高岳へのルートになりますので、一度アイゼンを外して涸沢小屋を通過し、南側に向かいます。

なお、北穂高岳への道はここから行けます。トレースがありますね。
奥穂高岳に行く人は全然いませんが、北穂高岳に行く人は数人いました。
急登続く雪の壁登り 穂高岳山荘までの道

奥穂高岳までの最初の道は、こんな風に道というより壁です。
斜度が急なのに加え、明確なトレースらしいものはありません。
もちろん雪はちょっと緩いので、12本アイゼンの前側4本の爪を全力で雪に突き刺して、確実に登ります。

涸沢小屋から20分、雪壁ゾーンを越えて、少し傾斜が緩いところに出ました。
先ほどの雪壁ゾーンは斜度がありすぎて、とても写真を撮れる状態ではなかったため、ホッと一息ついたところで撮影。
自然の造形美が目の前に広がっています。

上を見上げると、広すぎて語彙が無くなります。
歩いても歩いても景色がなかなか変わらない感じが、前日の涸沢ヒュッテが見えてから長くて苦労した感覚と重なります。

程なくして、斜度のある場所に出ました。
直登すると体力を大きく削られるので、ジグザグに道を渡りながら登っていきます。

本来はザイテングラードに行きたかったのですが、道が広すぎて行き先を誤り、少し遠回りをしてしまいました。
風がほとんどないのが救いです。
序盤の連続キックステップで体力をかなり使ってしまったので、こまめにエネルギーを足しながら前を見据えます。

涸沢ヒュッテの方を振り返ります。
もう自分たちのテントは点にしか見えません。
そして、向こう側には蝶ヶ岳などがある常念山脈の稜線が見えてきました。

更に上へ登っていくと、また斜度がきつくなってきました。
ザイテングラードに差し掛かったと思いますが、夏とは全く違う景色で目印らしいものはありません。
先ほどの遠回りをした反省を活かし、こまめに進路を確認しながらゆっくり進みます。

疲れて立ち止まると、そのたびに後ろを振り返って確実に前進していることを確認します。
徐々に存在感を増してくる常念山脈に見惚れてしまいます。
向こうはもう雪が殆どありませんね。

もうどれくらい登ったのか分かりません。
流石に白旗を上げそうになりかけたところで、穂高岳山荘の一部が目に飛び込んできました。
あれが目的地ではないのですが、登頂を果たしたかの如く、引き締めていた気力が緩むのを感じました。
ただ、こんな斜度の中、気の緩みは厳禁です。
転倒してしまうと、この雪質では滑落停止も思うようにいかない筈なので、少し足を止めて最後の登りを一気に登り切ります。

涸沢ヒュッテから鬼のような雪の壁を越え、ようやく穂高岳山荘へ。
現在8時47分、普通のコースタイムより大幅に時間を費やしてここまで着きました。
日本三大岩場の洗礼

穂高岳山荘から奥穂高岳の道は、この通りガッツリ岩場ですが、一部雪が乗っかっています。
ここからだとアイゼンが必要なのかどうか分からないので、いったんアイゼンを外して登攀に向かいます。

9時ちょうど、穂高岳山荘から奥穂高岳への取り付きに移動し、道の様子を伺います。
見たところ凍結している箇所はありません。

穂高岳山荘から奥穂高岳までの道は、岩にマーキングが多いので助かります。
それでも、ボーっと歩いていると変な道に吸い込まれていくことがあるので、足元だけでなく俯瞰して道を見定める必要があります。

穂高岳山荘を出発してすぐ、鎖と梯子があります。
鎖のところで、薄く氷が張られています。
この時点で、この先の道に対して少し怪しい気配を感じたのでアイゼンをつける準備をします。

これが梯子です。思ったよりも安定感がないので、ちょっと怖いです。
梯子と、奥の岩との距離が凄く近いので、足の置き場には気をつけないと、まともに足を乗せることができません。

登るにつれて、攻撃的な形の岩が多くなります。
なお、ところどころ道の凍結や雪の場所があるのでアイゼンは再度装着しています。

午前10時になりました。
穂高岳山荘についてから段々周りの空模様が微妙になってきています。
頂上に着くころにはガスで真っ白になることを覚悟しながら、視線を横に移してみると・・・

勇気を与えてくれる素晴らしい風景が広がっていました。
下界は夏の様相、山の上の方は雪を頂いた残雪の美しい模様、たなびく雲が二層に分かれている最高の景色です。

涸沢岳方面を見ると、ルート上に全然雪がありません。
涸沢岳は日本で8番目の高峰です。
奥穂高岳に登る際中は、振り返ると常に視界に捉えることができるので、あの頂上の高さを見て、自分が今どのくらい登ってきたのかを確認します。
もう涸沢岳(3,110m)の高さを越えているので、あと少しです。

岩と雪のミックスを越え続け、涸沢スタートからすでに4時間を経過し、疲労で狂いそうになったところで・・・
視界の奥に今回の最大目標にして最高の地点が現れました。
近いようで僅かに遠い距離ですが、苦労の果てに見えた北アルプスの頂上が、すぐそこにあります。

奥穂高岳の山頂が見えてから、一度下に降りて向かうルートが正規ルートなのですが、テンションが上がりすぎて上から岩を渡っていくルートで行ってしまいました。
結局ガレた岩場を下に降りないといけないので、どれだけ興奮しても正規ルートを見逃さないようにする冷静さが大事ですね。

特徴的な奥穂高岳の祠があそこにあります。
最後まで足元と目の前にある祠だけを見て、その他の景色は登頂したときに楽しむために我慢です。
登りだけでも苦労を強いられた奥穂高岳、咫尺の間にその頂を捉え、いよいよ最高の瞬間を迎えます。
北アルプスの盟主、奥穂高岳登頂

最後の最後、ゴロゴロした岩場が行く手を阻みますが、もう頂上しか見えていません。
そして無我夢中で登ってきた果てに・・・

日本三番目の高峰、奥穂高岳(3,190m)登頂です。
10時34分、涸沢ヒュッテを出発してから4時間半もかけて、ここまで来れました。
無言で喜びを噛みしめ、お待ちかねの景色堪能タイムです。

まずはジャンダルムへ続く高難度の道です。
南東側が晴れていて北西側が雲に包まれている風景が、あの頂の語源である「憲兵」を体現しているようで、神秘的な光景となっています。

大キレットは明瞭に見えます。
実はまだ挑戦したことのない憧れのルート。
急峻で簡単には立ち入れない雰囲気を纏った、広壮な景色に心が浄化されます。

そして、上高地方面です。
前日は、あの場所からこの頂を指さしていました。
1日であそこからグルっと左側を廻り、今立っている場所まで来たと思うと胸が熱くなります。

奥穂高岳は、その名が示す通り穂高連峰の中でも奥に位置していて簡単にはたどり着けない厳かなイメージがあります。
だからこそ、この山でしか味わえない魅力と美しさがあり、狂ったように楽しすぎる登りを味わえたのだと思います。
さて、今回の山行を最高で終えるために、何事もなく安全に下る必要があります。
10時58分、満足するまで山頂を堪能し、登りの時以上に集中して下りに挑みます。
最も危険な下山

下山の際、最後の晴れ間でジャンダルムをはっきり見ることができました。
この後から分厚い雲に覆われ、晴れることはなくなったので最高のタイミングです。
あそこも6年前に奥穂高岳からのピストンで行きましたが、勢いで行けてしまった当時に比べ、色々経験してきた現在のほうが足取りが重い筈です。

そして、下りで越えなくてはいけないトラバースです。この下は谷になっています。
相変わらず雪質は最悪に近く、かなり蹴り込まないとアイゼンが雪に刺さりません。
もちろん滑落は死を意味するので、疲れを忘れて最大限集中して冷静に越えていきます。
登りの時の、涸沢小屋直上の雪壁と同じくらい緊張を強いられる場所でした。
下りは登り以上に緊迫した場面が多いので、カメラはいったんしまいます。

穂高岳山荘まで下る途中、雷鳥が現れました。
見た目は非常に愛らしいですが、鳴くと「ガァーッ!」みたいな感じで、イメージと全然違う声を出すのでビックリしてしまいます。
穂高岳山荘のかなり近くまで、雷鳥が数羽目の前を横切っていきました。

さて、時間を少し飛ばして13時16分。
涸沢までの下りは、基本的に前を向いていけますが、雪質が午前よりもぐしゃぐしゃになっていたので、足を置くと前側に滑っていきます。
こんな状態で一歩一歩バランスをとりながら下らないといけないので、足への負担が半端ではありません。
奥穂高岳~穂高岳山荘は時間を要したのですが、穂高岳山荘~涸沢の間は割と早く降りられます。
下りでは、涸沢ヒュッテと自分たちのテントがどんどん近づくのが常に見えます。
「何としても無事に拠点まで戻って寝るぞ!」
という強い意志を持って下っていきます。

穂高岳山荘方面を振り返ると、上の方は濃いガスに覆われて見えなくなっていました。
なお、涸沢小屋の直上は殆ど垂直に近い雪壁で、登りの時以上に雪が柔らかくなっている筈なので、南側に大きく逸れて斜度が緩いところから下っていきました。

13時28分、無事に涸沢のテント場まで戻ってきました。
ここ最近で最も集中する時間が連続していたため、最高の安心感に包まれながら速攻で心身を休めました。
この後は予報通り天気が不安定で、夜中まで冷たい雨が降ったり止んだりを繰り返す天気となっていました。
もし、奥穂高岳へのアタックが一日遅れていたら、この雨でアイゼンが全然効かないほど雪質が軟化してしまって登頂を果たせなかったと思います。
さて、最終日は上高地まで下ります。
そこまで安全に下山することが本当の目的なので、最後の最後まで安全意識を維持するために早く寝ます。
この時点で良い思いを散々させていただいたので、翌朝の天気には期待していませんでした。
朝日に染まる涸沢

午前4時46分、テント内が穏やかな光に包まれました。
日の出が目睫の間に迫っていると感じ、慌ててテントを開けて外を見ます。
どうやら日の出には間に合ったようです。
向こうにある雲が朝日に照らされ良い色に染まっています。

そして、雲の切れ間から陽が射しこみ、涸沢カールの上部が優しく照らされています。
この時が、山登りをしていて一番美しい瞬間だと思います。

涸沢小屋上部も、スポットライトを浴びているかのように穏やかな光に照らされています。
あんな道を登ってきたのか・・・
と、感慨に浸ってしまいます。

5時29分、太陽が屛風岩の上部から昇ってきました。
最も穏やかな時間が流れ、天にも昇るような気持ちです。
この後、どんどん気温が上昇して雪が積もっているのに、夏みたいな恰好になりました。
急々とテントを撤収し、この日は上高地まで下ります。
上高地までの下山

素晴らしい風景を見届け、6時49分、涸沢ヒュッテの受付側から下っていきます。

ここにきて、軽アイゼンを忘れた自分を呪いそうになりました。
雪は登りの時よりも深く沈んでしまい、いちいち足をとられてしまいます。

登りの時よりも少し雪が溶けているのと、前日の行程が濃密すぎて記憶が無くなっているのが相まって
「こんな道通ったっけ?」と、変な感じに囚われます。

振り返って、涸沢カールに別れを告げます。
改めて、本当に素晴らしい時間を過ごせました。涸沢カールに感謝しかありません。

本谷橋まではピッケルを携えて落ち着いて下ります。
想像以上に雪が溶けていて、シャーベット状になっている場面が多いです。
こんな斜面では、こういう雪が本当に厄介で、非常にバランスが取りづらいです。

8時13分、本谷橋に戻ってきました。
新鮮で純度の高い雪融け水は刺激的に冷たく、あまりやってはいけないですが直飲みしたいくらいです。
小休止をはさみ、ここでピッケルを収納して先を急ぎます。

本谷橋から横尾までの道中です。
ここは、登りの時は雪に覆われていたのですが、このように溶けて半分崩れています。
故に登りのトレースは使えません。

9時26分、横尾大橋です。
ここまで来れば、危険個所は極端に減ります。
槍とか穂高などから来たトレッカーにとって、ここからの帰り道は虚無になりがちです。

横尾~徳沢のパノラマ方面は長期間通行できません。
林側を抜けて徳沢へ向かいます。

10時40分、徳沢に到着です。
ここから先は休憩なしで上高地まで向かいます。
正直荷物が重すぎて体の色々なところが地味に痛いので、感情を消して上高地まで向かいます。
徳沢までの登りの時はサルが出ましたが、帰りは徳沢~明神の間で熊が出ました。
実際に熊を目の当たりにすることは稀ですが、実際に見ると慄いてしまいます。

12時37分、河童橋につきました。
向こうに焼岳が聳え立っています。
上高地周辺から見える山ですが、他の山の存在感が凄すぎてあまり注目されることのないイメージの山です。
それでも、こうしてみると一際異彩を放つ、隠れた魅力のある山ですね。

12時45分、上高地バスターミナルまで戻ってきました。
これにて2泊3日の奥穂高岳への挑戦終了です。
心地良い疲労感の中、最高のまま山行を終えることができて幸せでした。
おそらく一人だった場合、涸沢小屋の直上の雪壁で早々にギブアップしていたと思うので、相方には感謝しかありません。
1日目の涸沢ヒュッテが見えてからの長い道のり、2日目の行程全部、3日目の体が痛くなってからの我慢の時間・・・
こうしてみると苦労しっぱなしの山行でしたが、積み重ねた思い出が全ての苦労を吹き飛ばして、想像を超える経験と景色を楽しむことができました。
さすがに、もうこの時期に再び行きたいとは直ぐには思わないですが、違う季節に再び涸沢に行きたいと思います。
そして、奥穂高岳から見えた大キレットやジャンダルムの神秘的な姿は、今でも脳裏に焼き付いて離れません。
いつか、今回奥穂高岳の頂上から見た憧れの場所から、改めて奥穂高岳の姿を見てみたいと強く思います。
そんな大きな目標が芽生えた、奥穂高岳への挑戦でした。
5月26日
8:04 上高地バスターミナル着
8:24 上高地バスターミナル発
8:31 河童橋
9:51 明神館
10:54 徳沢園
12:14 横尾山荘着
12:40 横尾山荘発
13:45 本谷橋着
14:05 本谷橋発
16:15 涸沢ヒュッテ着
5月27日
6:08 涸沢ヒュッテ発
6:17 涸沢小屋
8:47 穂高岳山荘着(登り)
9:00 穂高岳山荘発(登り)
10:34 奥穂高岳着
10:58 奥穂高岳発
12:14 穂高岳山荘(下り)
13:28 涸沢ヒュッテ着
5月28日
6:49 涸沢ヒュッテ発
8:13 本谷橋
9:28 横尾山荘
10:40 徳沢園
11:42 明神館
12:37 河童橋
12:45 上高地バスターミナル着