今回の舞台は、北アルプスの活火山「焼岳」です。
上高地から見て南西に聳える百名山の一座で、別名で硫黄岳とも呼称されます。
実は前回の雲ノ平・鷲羽岳への挑戦で、一度山登りにピリオドを打とうと思っていました。
しかし、その挑戦を終えて、未だ知らない景色を見たいという情熱が奮い立ち、思い直しました。
今回、登山に関しては百戦錬磨の大先輩が一緒に行ってくれます。登山に関する知識はかなり豊富で、知見がかなり広がりました。
また、富士山や那須岳など、一緒に行った山が全て火山に縁がある、カメラが上手な同僚。
そして、毛無山や大菩薩嶺といった、一緒に行こうとした山が何故か悪天候になりがちな、リフティングが上手な同僚の4人で焼岳へ向かいます。
焼岳は、なんだかんだ初挑戦の山です。
北アルプスの南を護る荒々しき秀峰、北アルプス唯一の活火山への山行を記していきます。
登山データ
| 活動時期 | 2025年10月31日(1Day) |
| 時間 | 6時間50分 |
| 歩行距離 | 6.7km |
| 累積標高 | 851m |
| コース定数 | 18 |
深奥の森林地帯

10月末、今年4回目の北アルプスです。
7時9分に、焼岳の入口である新中の湯登山口に到着しました。
ここに来るまでの道中、九十九折りになっている安房峠の旧道では、猿がたくさん居ました。

登山口には、いくつも案内板があります。
特に、焼岳は活火山なので噴火警戒レベルが設定されています。
事前情報には注意しましょう。半年前には、一時的に噴火警戒レベルが2となり一部規制が敷かれました。

目の前を往くのは、山登りに関しては経験豊富な大先輩です。
焼岳は3度目の挑戦で、過去2回の記憶が素晴らしかったとのことで、私たちをここに誘ってくれました。

序盤は多くの植物が繁茂する樹林帯です。
なお、この日は天気があまり良くない予報で、前日まで決行するかどうかの判断がつきませんでした。
百戦錬磨の大先輩が、状況に応じて撤退等も視野に入れながら、決行してくれました。
もし途中で雨が降ったり雪になってしまったら途中下山です。
この日、ものすごい低気圧が日本の南から近づいてきており、荒天は必至です。
午前中のてんくらがAだったので、それに一縷の望みをかけて焼岳へ挑みました。

青空はありませんが、天候は持ちこたえています。
前述した通り、南から低気圧が凄い勢いで迫ってきており、遅くても15時迄には下山完了していなければなりません。
周囲を見渡すと、落葉している木々が多いです。
沢渡あたりから登山口に向かうまでの道で、鮮やかな紅葉が見られたので既に満足してしまっていました。
もしかしたら、車内で見たあの紅葉が今回一番美しかった景色になるかも・・・
といった風に、天候を憂慮していました。
そんな心配を助長するかのように、地面の状況も変化していきます。
泥濘と険しくなる道中

先頭は、百戦錬磨の大先輩が確実な足取りで進んでくれています。
その後ろは、カメラ持ちの3人が割とバラバラな順番で付いていきます。
目の前にいる黒い服の同僚は、最近ものすごい勢いで様々なフィールドを経験しています。
ソニーのα7を持ち、迫力と躍動感のある写真を撮ってくれます。
その前にいるベージュのザックの同僚は、オシャレなコーディネートが際立ちます。
キャノンのEOS Kissを持ち、クリアで物語性のある写真を撮ってくれます。
私は残念ながら途中までシャッタースピードの設定をミスっており、後から見返すとブレている画像がいくつかありました。

地面の状況は、ところどころ深い泥に塗れています。
道幅はそこまで広くないので、横に避けられない場面もあります。
この写真を撮っている最中も滑ってしまい、ちゃんと撮れませんでした。

樹林帯では、水分を多く含んだ地面がまだまだ出てきます。
地面だけでなく、木の幹もかなり滑って危険です。
靴が汚れるのはしょうがないので、滑らないことが大事です。
こういう場所ではトレッキングポールやゲイターなどがあると便利です。

泥の地面だけではなく、このあたりから傾斜もきつくなります。
場所によっては、足を高く上げないと届かないような場所も出てきます。
最初は喋りながら登ってきましたが、ある程度高度が上がってくると、呼吸を整えるのに必死になります。

どんどん標高を上げていきます。
こんな傾斜になってくると、体を大きく動かす必要があるので暑くなってきます。
汗をかきそうだったので、アウターのフリースを脱ぎました。
ベースレイヤーとミドルレイヤー2つで十分です。

道中は、足元だけではなく上にも気を付けましょう。
このような枝がたまに頭の高さで待ち構えているので、ぶっ刺さらないように要注意です。
どうしてもあの出来事が頭をよぎってしまいます。

登山口からおよそ1時間半、焼岳の頂点が木々の間から顔を覗かせました。
身長より高い植物の回廊を進みます。
この先は、北アルプスが誇る風景地がその魅力を開放してきます。
泥の道中を越え、ここから見える世界が一気に広がるのでした。
徐々に広がる展望

8時50分、少し広い場所に出ました。
ここから先は樹林帯ゾーンを抜け、感動押し寄せる絶景ゾーンです。
それを楽しむためには、天気が最大の障壁となります。
百戦錬磨の大先輩は、何年も前に訪れたこの場所を鮮明に覚えており、焼岳に対する思い入れを教えてくれました。

白い空に聳え立つ焼岳が我々の眼前にあります。
その手前には枯れ木の大群が待ち構えており、これから往く我々を静かに威圧しているようです。

休憩は10分弱で切り上げ、天気が崩れないうちに山頂へ向かいます。
もしかしたら休憩中に見た焼岳の姿が今回の山行で最も良い景色になるかもしれません。
あまり過度な期待はしていません。
個人的には、晴天よりも雲がある程度ある山の方が印象的な光景になりやすいので、そんな僅かな希望を糧に進んでいきます。

北東の方を見ると、特徴的な吊尾根が見えます。
その両端を担うのが、前穂高岳と奥穂高岳。
北アルプスが見せる威厳を詰め込んだような、素晴らしい遠景です。

上を見上げると、猛々しき焼岳の美景が広がっています。
これも十分絶景ですが、これを見てしまうと、どうしてもこの先の風景を期待してしまいます。

背後には、壮観な霞沢岳が聳立しています。
歩く毎にどんどん見える範囲が広がっていくので、山登りの醍醐味を全身で感じることができています。

霞沢岳をまじまじと見る機会はそう多くはありませんでした。
登山道が少なく、近くに山小屋も無いので登ろうとする人が非常に少ない印象です。
だからこそ、この場所から存在感を放つ霞沢岳の姿は魅力的で、何度も振り返って見入ってしまいます。

登山道は傾斜が更にきつくなり、そこら中に岩が転がっています。
奥に見える突兀たる岩山が、恐らく焼岳の頂上です。
遠くに見える山頂ですが、あの場所まで行けば全く違う風景が広がっていると思うと、早く行きたくて仕方ありません。

更に上の方に、白い煙を排出している噴気孔があるようです。
ここまで来ると、地面の緑は減って荒寥としてきます。

ずいぶん高くまで登ってきました。
斜面の奥には、乗鞍岳が見えてきました。
カメラが上手な同僚とリフティングが上手な同僚は、今年乗鞍岳に登ってきたので、あの広大な場所は思い出の地だと語っていました。
焼岳と共に、北アルプスでは数少ない火山の一座として数えられますが、現在の乗鞍岳は火山活動をしていません。

ここまで来ると、だんだんと風が強くなり体温が奪われていきます。
ですが、前回の雲ノ平で精神力を培いました。雲が厚かろうと、風が強かろうと、登頂への情熱は簡単に消えることはありません。
鞍部がどんどん近づいてきて、いよいよ焼岳が活火山たる所以が絶景と共に証明されます。
大地の息吹

10時2分、焼岳の北峰と南峰を繋ぐ鞍部に着きました。
噴気孔からは常時噴煙が立ち込めており、大地のパワーを感じます。

鞍部から見えるあの湖は、正賀池という火口湖です。
水面は凍っています。
なお、正賀池の周囲の地面は見た感じ非常に脆く、簡単に崩落しそうな感じです。
近づくことはできません。

焼岳は北峰と南峰に分かれ、最高峰は南峰の2,455メートルですが、崩落の危険が大きいので行けません。
北峰の山頂を目指して、ガレた道をトラバース気味に進んでいきます。

この岩場の奥側に、焼岳(北峰)の山頂があります。
北アルプスの中ではそこまで標高は高くないですが、ここだけ見ると3,000メートル級の岩稜に匹敵します。

北峰を南東側から回り込みます。
百戦錬磨の大先輩が、この先の風景が素晴らしいと教えてくれたため、期待せざるを得ません。
この大先輩は終始一定のペースで歩いており、自由奔放な我々を最後まで疲れないようにまとめてくれました。
私たちとは比較にならない経験が、一歩一歩に現れています。本当に勉強になることばかりです。
さあ、待ちに待った、未だ見ぬ景色を見に行きます!

険しい岩場を越えた先に、尺山寸水の眺めが広がっていました。
想像を越えた世界、今まで見たことのない穂高連峰の姿です。
前回の雲ノ平・鷲羽岳への挑戦でドーパミンが凄い勢いで出たので、あれから幸せな景色を追い求めていました。
こんな風景が見たくて、ここまで登ってきたのです。

リフティングが上手な同僚は、猛々しい景色に夢中となって、感情のままにカメラを構えています。
彼を見ていると、知らない景色をどんどん知っていく楽しさを共感できて、嬉しさが倍増します。

カメラが上手な同僚は、目の前の景色を噛みしめながら、ファインダーに独自の世界を切り取っています。
命を吹き込むような物語性のある写真は、こうして彼女の手によって生まれています。

最後の登りは、このように危険な岩場となっています。
そして、あそこの黄色くなっている場所からは、大地の息吹が聞こえてくるような力強い噴煙が舞い上がっています。
足場は細かくマーキングされており、より一層集中力を必要とします。

山頂直下は手を使う場所もあるような急登です。
加えて今までとは比較にならないような爆風が拍車をかけて難度が高くなっています。
荒い呼吸音さえ強風に搔き消される異質な環境の中、いよいよ山頂に足を踏み入れる時が訪れます。
豪快な焼岳の山頂

10時27分、焼岳(北峰)の山頂に到着しました。
北アルプスの入り口を護る焼岳は、上高地から見ると存在感があります。
これまでずっと見ているだけの山でしたが、ようやくその頂に立つことができました。

頂上に立った瞬間も、噴煙は止むことがありません。
有史以前から活動を開始したこの火山は、地球の歴史を封じ込めたトロイデです。
噴煙を挟んだ向こう側に、近くて遠い焼岳の南峰があります。
太古から脈打つ大地の鼓動が、こんな異質な光景を創り出しました。
そう思うと、焼岳は他の山には無い魅力が詰まった神秘的な山であることを犇々と感じます。

さっきまでは一部しか見えていなかった乗鞍岳が、その全容を見せてくれました。
乗鞍岳は、焼岳と並んで貴重な北アルプスの火山です。
私が人生をかけて見たい場所はロシアにあるカムチャツカ半島ですが、今の情勢では行ける可能性が限りなく0に近い場所です。
その場所の魅力は、圧倒的な自然美とエネルギーに満ちた火山が沢山あること。特にクロノツキー山とかはめちゃめちゃ見てみたいです。
焼岳は、向こうに見える乗鞍岳の風景と相まって、その地にとても近い魅力を持った山であることを確信しました。

そして、あの特徴的な山容は紛れもなく笠ヶ岳です。
中央ちょっと左にある、ちょっと高くなっている部分が笠ヶ岳の山頂で、2年前にテントを担いで行った思い出が蘇りました。
下には奥飛騨温泉郷があり、あそこから焼岳に挑戦することもできます。

そして、何といっても穂高連峰の存在感は圧巻の一言です。
槍・穂高連峰をこの角度から見られるのはここだけなので、あの山を初めて見たような感覚で心を打たれました。
なお、常時硫黄の匂いが漂っているので、苦手な方はちょっとしんどいかもしれません。

10時50分に、山頂を後にします。
あまり良い予報ではなかった天気ですが、無事に山頂まで持ちこたえてくれました。
これだけの素晴らしい光景を拝めたので感動が一入です。
冷めやらぬ登山熱

山頂を離れ、鞍部まで行く前に北方向に目をやります。
よーく見ると、写真中央右のちょっと尖がった部分は槍ヶ岳。
そして、中央左側の最も奥に見える山は、先月素晴らしい思い出を創ってくれた鷲羽岳、そして北アルプスの最奥地である水晶岳が小さく見えます。
まさか焼岳から鷲羽岳が見られるとは思っていなかったので、胸が熱くなりました。

山頂直下の下山は、慎重に下っていけば問題ありません。
緊張感のある岩場ですが、距離はそこまで長くないです。
マーキングを確認しながら、先ずはゆっくり鞍部まで下っていきましょう。

鞍部からは急坂を下っていきます。
登りでは気づきませんでしたが、意外と浮石が多くあります。
目の前の絶景に気をとられて余所見すると痛い目に遭います。
毎回心がけていることですが、最高の思い出を最高のまま終わらせるために、下山は非常に重要です。

笠ヶ岳、奥穂高岳、乗鞍岳・・・
下る度に次々と名峰が見えなくなっていく中、最後まで見守ってくれたのは眼前に広がる霞沢岳です。
今回の山行で、この霞沢岳に対する印象が非常に濃くなりました。
ゆったりとした佇まいは、荒々しい名峰が連なる北アルプスの山の中で非常に独特です。
常念山脈に属しているものの、孤高で渋い雰囲気があります。

途中休憩を挟みながら、良い調子で下山できています。
最後尾で皆についていく私だけが、焼岳の姿を最後まで焼き付けようと、何度も振り返ってしまいました。
前回、一度ピリオドを打とうと思っていた山登り。
今回も最高の景色に釘付けになってしまったので、そう簡単にやめることなど出来る筈ありませんでした。

下山は、登りで気づかなかった部分を再確認する時間です。
間違いなく費やした時間は登りの方が多いのに、下山の方が長く感じてしまうのが本当に不思議です。

登山口が近づいてきました。
木々の彩りが美しく、山の粧いが至る所で見られます。
これも、足元ばっかり見ていた登りの時には気づかなかった部分です。
一回で何度も感動させてくれる焼岳、今回来てくれた大先輩と同じように、私も虜となって数年後に行きたくなるような素敵な山となりました。

14時4分、新中の湯登山口に到着し、これにて焼岳登山終了です。
前述の通り、焼岳は活火山です。
大地に聳立する、眠らない山。
型破りな自然美に圧倒され、山登りでしか得られない栄養をたっぷり摂取したので、情熱が再燃しました。
焼岳は北アルプスの中では難易度やアクセスが丁度よく、それゆえにいつでも挑戦できると思って後回しにしていましたが、このタイミングで焼岳に登れて良かったと思いました。
焼岳の山頂で、前回最高の思い出を残してくれた鷲羽岳の姿を見たとき、声が出るほど感慨深い気持ちになりました。
感動した景色を見て感動する、という最高の気持ちをこの焼岳で味わえたのは僥倖です。
今回沢山の笑いをくれた百戦錬磨の大先輩、カメラ上手な同僚、リフティングが上手な同僚に感謝したいと思います!
なお、この日の夕方に凄まじい低気圧が通り、この次の日には一面雪景色に変わっていたようです。
本当にギリギリの時期に挑戦できたことも、また僥倖でした。
10月31日
7:09 新中の湯登山口発
8:50 広場
9:09 下堀沢出合
10:02 鞍部
10:27 焼岳(北峰)
12:22 広場
14:04 新中の湯登山口着
